BEGOÑA CASTRO

BEGOÑA CASTRO

ベゴーニャ・カストロ

経歴

スペイン舞踊家
8歳から、マドリッド王室舞踊学校にて、クラシックダンス、ボレラ、フォルクロール、クラシックスペイン舞踊、フラメンコ等を学ぶ(1982-1990)
パコ・フェルナンデス、アウロラ・ポンス他、多くの舞踊家に師事
アモールデディオス校にて踊りを続ける。パコ・ロメロ、アドリアン・ガリア、アントニオ・カナレス、ラ・チナ、カルメン・コルテス、カルメラ・グレコ、グゥイト、ハビエル・ラトーレ、マノレテ、ドミンゴ・オルテガ、ベレン・マヤ、アレハンドロ・グラナドス、等に師事
2005年に踊り手として、フラメンコに対するビジョン、そして表現力の追及の源となる日本の舞踏(日本発祥)に出会う。
日本や、マドリッドにおいて、原田伸雄氏(福岡)、今貂子氏(京都)、Gyohei Zatsu(マドリッド)と共に多くの舞台に出演

アーティストとしての経歴

1991年にデビュー。今日までカサ・パタス、コラル・デ・ラ・モレリア、ラス・カルボネラス、カフェ・デ・チニータス、エル・フラメンコ(東京)他、多数のタブラオにて功績を残す。
又、フラメンコペーニャのトレス・マカレナ(セビージャ)、アギラル・デ・ベへール(ベへール・デ・ラ・フロンテラ)、エル・ミラブラス(コルドバのフェランニュノス)にて功績を残す。
ディエゴ・ジョリ、エルグイト、ホアキン・グリージョ、マノレテ、ドミンゴ・オルテガ、ホセ・マヌエル、ウエルタスらが手掛ける多数の劇団に参加、ビエナルデセビージャ、ヘレスのフェスティバル、バルセロナのベジャシウタッ、マドリッドの秋のフェスティバルなどで公演。フラメンコ歴50周年を祝し、振付をハビエル・ラトーレ、音楽をチクエロことホアン・ゴメスが担当した小島章司フラメンコ劇団の公演にソロ出演、天皇皇后両陛下の御前にて舞踊を披露する。

共演

ラファエル・ぺレスラ・ムシカ・エン・ラ・エラ・デ・ラス・ピラミデスオーケストラの指揮者が率いるアルバム、“ラ・ムシカ・エン・ラ・エラ・デ・ラス・ピラミデス”に参加、群馬県の御荷鉾山で収録された尺八奏者で作曲家でもあるアントニオ・オリアスのアルバム“エンクエントロス”にも参加
師匠、マノロテと共に、ドキュメンタル“エル・ノンブレ・デル・パドレ”に参加

振付としての経歴

振付師としてフラメンコ界において重要な役割を果たす。アーティストとして、人間として成長をするため、違う視点でフラメンコに携わる。その目的は、観客とのコミュニケーションを図り、表現の手段とし、フラメンコを追求することにある。
2003年と2004年には、マドリッドのアルベニス劇場で行われた、スペインフラメンコダンス振付コンクールにて、“タビ”と“シン・セール・デ・ナディエ”の振付をし、自ら出演した。
2007、2008、2009年には、ARCアカデミー(東京)とマドリッド大学において、日本文化、日本語を長年勉強の末、日本へ移住。
大阪の現代ダンスサマ―フェスティバル“ダンスの時間”に招待をされたことにより、日本の舞踏家今貂子氏と協力し、2つの文化、2つの規律が入り混じった振付による、“エル・アモール・エス・シエゴ”と“マデラ・デ・セレソ・パラ・ギターラ”、“デスデ・フィロ”がを生み出す。
2009年にはヘレス・デ・ラ・フロンテーラにギタリストハビエル・ナバロと共にCía. de2flamencoを設立。フラメンコのオリジナル性に日本の舞踏を入り交えた踊りに基本を置く。
2010年、フラメンコ舞踏に関する様々なワークショプを行う。4deStarカンパニーの創設者として、マドリッドのエスパシオ・ロンダでエスパシオ・エスセニコの為に作られたパフォーマンス“コンパルティエンド・レクエルドス”に参加。

共演

2009年にギタリストのハビエル・ナバロと共にCía. de2flamencoをヘレス・デ・ラ・フロンテ―ラに創設
日本の舞踏家今貂子氏、ギタリストのハビエル・ナバロと共に“大野一雄&アルゼンチンへのオマージュ”を京都のアバンギルドにて公演。
アーティスト山根久恵氏とともにコルドバ16 asasで、“スエニョ・デ・カナカナ”を披露。コルドバのプロジェクト・ビアへ・セロの為の第15回、16回のフラメンコフェスティバルでサロンパウルのプログラムの為、“トラピオ”と“ラ・コピア・コモ・アルテ”の“プーロココロ”のパフォーマンスを作り上げる。
2011-2012年
ソコ・デ・アルテサニア(ヘレス・デ・ラ・フロンテ―ラ)、カサ・デ・サファラ(コルドバ)、モンテンメディオの財団NMAC(ベへール・デ・フロンテ―ラ)で行われた“フラメンコ・エモーション”を指揮、作り上げる。

近年の活動

指導者として、スペイン、日本、トルコのアカデミアで踊りの知識を伝授する。1人の人間として、1人の創造者として教えるにあたり、自分の中で教えることへの興味が開花する。
その後、感動的な踊り、想像力を伝える為、多くのワークショップを行い、恩師に敬意を表し続けてきた知識の伝達、テクニックの上達は、生徒たちによって、又生徒達の為に新しく受け入れられ、新しいものへと形を変えて行く。
物事の起源、知識を追求する事を目標とし、立ち止り、尊重し、人とのつながりを学ぶ道しるべとなっている。

ワークショップ

プレセンシア(ヘレス・デ・ラ・フロンテ―ラ、セビージャ、マドリッド)
ラ・コピア・コモ・アルテ(ヘレス・デ・ラ・フロンテ―ラ、イースタンブール、東京)BEGOÑA CASTRO
感情的ダンスへのアプローチ(マドリッド、東京)
フラメンコへのアプローチ(ベへール・デ・ラ・フロンテ―ラ)
アバニコの特徴とシンボル(大阪、ヘレス・デ・ラ・フロンテ―ラ)

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